明友館とは

 

 

避難所には市が指定する学校、体育館などが多いが、歩行が困難な高齢者などが遠い指定避難所まで行くのは困難でした。そこで、近所の公共施設に集まり指定外の避難所が作られました。石巻市不動町の明友館もそのひとつの避難所です。 ここにも津波は流れ、1階部分が浸水。避難してきた足の不自由な高齢者を、若者たちで2階に上げたところから明友館の避難所活動は始まりました。2階建てで、1階はスタッフルームと荷物倉庫。2階部分に約60人の人たちで分けて暮らしているが多い時には136人が身を寄せて避難生活を送っていました。震災当時、明友館は指定避難所でなかったために物資が届かず、食料もない状態。避難民の自宅から食べられる食料などを集め皆で分け、2日後におにぎり一人に一個が到着するまで、それだけの食糧で全員無事だったことが救いでした。

震災当初、リーダーの千葉恵弘は、着の身着のまま家を出ました。全国にネットワークを持つ人物で、全国の仲間が震災の報を受けて、千葉リーダーの安否を確認するため連絡をしていました。当然携帯は繋がらず、数日後、やっと連絡を取れた千葉リーダーが無事を伝え、物資がないと伝えるや否や、全国の「仲間」が行政や支援団体を越えて、「明友館の千葉」宛てに、直接生活物資を届け始めました。 千葉リーダーは全国の仲間が届けてくれた物資を、自分の生活している明友館のみならず、近所の個人宅で避難している人や、まだ行政の手が行き届かないよな場所にも配ったのが始まりです。

明友館の支援活動は被災弱者の救済を中心に行われております。行政の復興支援、被災者救済支援とは別の角度からの活動ですので、通り一辺倒なルールに囚われぬ自由な活動を可能にする為に災害ボランティアセンターへの登録を行っておらず、各財団や基金などからの補助も一切受けておりません。施設維持や支援活動に要する資金は全て「明友館サポーター」の皆様からのチャリティーで賄われております。